この事を川口鋳物試験所所長であった伊藤孝吉氏(*)は科学的根拠から説明している為,参考のためにここに説明することとする.
大気中の水分は温度の上昇に従って, 次のように増加する.
温度の上昇(℃) | 0 | 10 | 20 | 30 | 40 |
1Kgの空気中に含まれる水分の重さ[Kg] | 0.0037 | 0.0073 | 0.0114 | 0.0268 | 0.0477 |
1m3の空気中に飽和する水分の容積 | 0.0035 | 0.0070 | 0.0109 | 0.0257 | 0.0458 |
冬は温度0℃以下に降りること珍らしからず,夏には30℃以上に昇ることも稀ならず.此れにその場合を例にとって火炎の温度を検討してみることとする.
通例1tの鋳鉄を沸かすには100Kgのコークスを使用する.今その灰分を10% と仮定すれば,90Kgの固定炭素を有するになる.
次に1tの鋳鉄を沸かすに要する空気の量は,この場合30600立方ft/t と称せられる.これを「メートル」法に換算すると0.0028315m3x3600x1016t=852.34m3/t,簡単に考えて約850m3/tとなる.
此の程度の空気量を必要とした実例では廃棄ガス中のCO2 : CO = 74 : 26 を示している.
炉中の燃焼に関しては人によりて意見の相違はあるが,溶解帯では大部分CO2となって高熱を生じ,次いで上昇中に CO2+C=2COと変化すると唱える人が多い.従って燃焼直後にはCO2のパーセンテージは74より更に多いはずである.
今仮に燃焼直後 CO2:CO=90:10と仮定すれば,90Kgの固定炭素の中で81KgがCO2,次に9KgがCOに燃える勘定となるので其の発熱量は次のごとく
CO2・・・・・81[Kg]X8080[kcal/Kg]=655000[Kcal]
CO・・・・・・9[Kg]X2387[kcal/Kg]=21500[Kcal]
合計 676500Kcalとなる.
比熱量は直ちに銑鉄の溶解,加熱その他の損失に費やされるから,火炎の温度は比熱量全部が顕熱になった時よりは遥かに低い筈であるが,実際の温度はわからない.かつ,この際は夏冬による火炎の温度差を見るのが目的であるから,一切の熱損失を無視して,単に発熱により発生ガスが完全に加熱された場合の温度を計算すれば,1Kgの炭素(C)からCO2もCOも1.8m3出来るから
1.86[m3]X81[Kg]=151.0[m3]---CO2
1.86[m3]X9[Kg]=16.8[m3]---COを生じる.
此中に含まれる酸素(02)の量はCO2には151m3,COには16.8÷2=8.4m3となる.すなわち,151.0+8.4=159.4m3のO2が化合する.
空気中には酸素と窒素との比は 21と79の割合が存在するから,850m3の空気中には21x850=178m3のO2があり,化合の為に 159.4m3だけ消費されるから178-159.4=18.6m3の遊離酸素(O2)が残存する.
これを159.4に対比すると,僅かに 12.0%当たりとなる.
窒素(N2) は燃焼には関係ないから前後を通して不変であり,其量は 0.79 X 850=672m3となる。
即ち
燃焼前 | 90Kg C+850m3空気 | |||
燃焼後 | CO2 | CO | 02 | N2 |
151.0 | 16.8 | 18.6 | 672.0 |
以上は 大気中の水分を度外視した場合であるが 之に水分を考慮に入れると次の如くなる.
夏 0.0257m3x850=21.8--- 約 22m3水分
冬 0.0035m3x850=2.97--- 約 3m3水分
此の水分を 加えて燃焼ガスの比熱を計算すれば
(I)m3 | (II)C 1760℃比熱 | (I)X(II) | ||
CO2 | 151.0 | 0.8128 | 123.0 | =386.2 |
CO | 16.8 | 0.3726 | 6.25 | |
O2 | 18.6 | 0.3726 | 6.92 | |
N2 | 672.0 | 0.3726 | 250.00 | |
夏 H2O | 22.0 | 0.7484 | 16.5 | |
冬 H2O | 3.0 | 0.7484 | 2.2 |
夏 386.2+16.5=402.7
冬 386.2+2.2=388.4
之を以って発熱量 676500 Kcalを除れば
(炉内温度は)
夏1680℃
冬1740℃
の温度差を生じ,夏の湯が何故沸かないかの疑問は自ら氷解する.
尚 水分の影響は単に空気中の温度のみならず, コークス中の水分もかなり悪影響を及ぼすもので,大雨後の操業結果が思はしくないことなどもこれに帰因すると考えられる.
之により,水分と溶解に就いては関係あることを知る得べし.
(*)伊藤孝吉:川口鋳物試験所所長→昭和14(1937).12 商工省機械試験所技師 (現 産業技術総合研究所)
伊藤孝吉も日本鋳物協会(日本鋳造工学会の前身)発足時[昭和7(1932)年]の評議員と編集委員に名を連ねている.
伊藤孝吉,欧米鋳物行脚,鋳物,Vol.11(1939) No.3,p.20-28 (機械試験所を設立するにあたり,欧米の鋳物研究所を調査)
伊藤孝吉,河田和美,鋳物の硬度測定に関する一考察,機械試験所所報,Vol.1(1944) No.1,p.25-28 (機械試験所所報 第1号)
伊藤孝吉,キュポラ操業の理論と切削屑熔解に對するその應用,日本機械学會論文集,Vol.12(1947),No.42,p.267-273